Interview

諏訪のひと インタビュー05

醸造所の煙突が見える範囲で飲むビールが一番うまい

2019.03.31
株式会社エイトピークス代表取締役 齋藤由馬さん
profile
長野県上田市出身/1989年生まれ
国立長野工業専門学校卒業後、上京し漢方薬の製造メーカーに就職。その後、実家の花卉農家で切り花の栽培を学びながら、切り花業界の縮小傾向に対し、ビール原材料のホップという花の研究を独自に始める。冬の蔵人として県内の清酒メーカーで3年間醸造を学び、島根県江津市のビールメーカー・株式会社石見麦酒の研修を経て、地産ホップの栽培からビール製造を行うため、国内でのホップ栽培発祥の諏訪地域に2017年9月移住。2018年1月、現株式会社エイトピークスの前身である株式会社八ヶ岳ビール設立、同社代表取締役。2018年10月酒類製造免許取得。同11月現社名に変更、同じく12月より「YaiYaiペールエール」、「Metaウィートエール」2種の発売開始。現在に至る。

諏訪エリアには豊かな自然からもたらされる水や冷涼な気候によって古くから発酵文化が栄え、銘酒と呼ばれる日本酒や生産量日本一の信州味噌など日本古来からの食文化を下支えしてきました。

そんな八ヶ岳山麓に昨年2018年、独自の趣向やこだわりを活かした新しいクラフトビールが誕生し、話題を呼んでいます。自社ビールの販売を”モノ”消費から”コト”消費へと移行させようと新しい価値の提案を目指す株式会社エイトピークス代表取締役・齋藤由馬さんにお話を伺いました。

鑑賞だけではなかった「花」の価値

——多くの酒蔵があり、発酵文化が盛んなこの諏訪エリアで、クラフトビールという新しい分野にチャレンジされたきっかけは何だったのでしょうか?

実は、僕のビールづくりは「発酵」のキーワードからではなくて、ホップと呼ばれる「花」からスタートしているんです。

僕は長野県内の上田市出身で、花農家を営んでいた両親の元に育ちました。幼い頃から花という植物が身近にあったのですが、「花」といえば観賞用という固定概念がありました。でも高専卒業後、漢方薬を扱う会社に就職したのをきっかけに、漢方薬の基となる生薬は花をはじめとする植物からできていることを知りました。これまで考えていた花の価値が他にもあると知って、あまりにも身近だった花や植物の違う側面を知ることになりました。

その後、東日本大震災があり、社会全体としての価値観に少し変化があったように、僕のなかにも「ふるさとに戻って地元に貢献したい」という思いが生まれました。そうやって、これまで敬遠してきた実家の花卉農家を手伝うことになりました。

家業を手伝う傍ら、花の市場について様々なデータを調べて分析していくうちに、市場は年々縮小傾向に置かれていて、大手花農家は国内から人件費の安い東南アジアでの栽培に移行しつつあるという現状が見えてきました。花卉市場に新たな価値をつける必要性を感じ、考えたのがホップでした。ご存知のとおりホップはビールの原料として使用される「花」ですよね。さらに調べていくと八ヶ岳の裾野が国内初のホップ栽培の土地であることもわかったんです。水はけの良い土地や日照量、冷涼な気候、質の高い水がホップの栽培に最適で、一時は国内最大の生産量を誇っていたそうです。そんな八ヶ岳産ホップのルーツを辿って、この諏訪エリアに足を運ぶようになり、八ヶ岳産のクラフトビールの醸造所を構えることを決めたんです。

美味しいビールを醸すのは土地ごとの歴史や文化

——知識ゼロからのビールづくりだったというわけですね。

はい。ビールをつくると決めたものの、醸造の知識は全くありませんでしたから、図書館や本屋に出かけ、日本の地ビールの図鑑なども調べてはみました。でもあまり情報はなく、どれも銘柄ぐらいしか記載されていませんでした。「こうなったらビールの本場に行くしかない!」と思って、半月間ドイツに渡りました。ミュンヘンの中心市街地を拠点にして、どういうビールが好まれるのだろうか、とあちこち飲み歩いたり、工場の機械を見学させてもらったり、現地で情報を集めていたんです。

日本に戻ってからは、日本酒の酒蔵や新たに立ち上げるクラフトビールの製造に携わらせていただきながら現場で経験を積んで、昨年念願のクラフトビール販売がスタートしました。

——齋藤さんがこだわったのはどんなところなんでしょう?

ドイツ滞在中、駅前のビアレストランに入った時に1人で飲んでいるおじさんを見つけて、「この店で一番美味しいビールは何ですか?」と声をかけました。すると、「そんなくだらない質問はやめろ。店で一番美味しいビールはこの街でつくられるビールに決まっているだろ」と言われたんです。ビールの本場ドイツでは、「醸造所の煙突が見える範囲で飲むビールが一番うまい」と言われていて、その土地ごとの歴史や文化、環境が美味しいビールを醸すのだ、と。その言葉は僕のなかでずっしりと響いて、ビールという“モノ”だけではなく、“ビールを飲む環境”にもこだわって、こだわりのビールを提供したいと思うようになりました。

エイトピークスはスタートしたばかりですが、八ヶ岳のクラフトビールが多くの人に届くことはもちろん、ドイツで経験したように、この諏訪エリアの環境とともに提供するクラフトビールを目指して、ビールの製造に留まらない活動を展開したいと思っています。

今後は八ヶ岳産ホップ100%のビール製造も目指して、地元の農家さんたちと共にホップの栽培にも力を入れていきたいですね。

ここに来るからこそ得られる価値がある

——齋藤さんが考える地域のクラフトビールの役割ってどんなものなんでしょう?

ここ諏訪エリアは生まれ育ったふるさとではありませんが、ビール醸造を通して多くの地元の方に出会って、よそ者の僕をたくさんの方に応援をいただくことができました。今では、僕の目指すクラフトビールをきっかけに地域が元気になったらいいなと考えています。

諏訪エリアは物理的には典型的な「地方」ではありますが、多様性を受け入れやすく、力を持ったプレイヤーが集まってくる土地柄があり、魅力的な「地方」だと感じています。壮大な自然や文化と人がうまく調和し、観光リゾートでありながらも「暮らしの営み」が感じられる住みやすくバランスの取れた場所ですよね。

自分自身がこの土地を好きだからこそわかる、諏訪を訪れることで得られる価値についても提案していきたいですね。私のやりたいことはクラフトビールの製造というものづくりではあるんですが、同時に滞在の満足感やここで過ごす付加価値を提供することです。そういう意味ではサービス業に近いかもしれません。

うちの商品を手にとってくださった方に、ビールの生まれたこの土地をぜひ好きになってもらいたい。そう願っています。

(取材・文 鈴木 有芙子)